「過ぎたるは及ばざるが如し」論語における孔子のこの言葉は、古代ギリシャの哲学者アリストテレスの徳論の中心概念である「中庸」と同じく、私たちの在り方とともに、自然界の秩序法則を適切に表現しているものの一つではないでしょうか。
粗暴な人も、弱虫な人も、そのどちらも社会の中ではあまり良くありません。
同様にドンキホーテのように無謀に風車に立ち向かうことも、またハムレットのように懐疑傾向が強くなかなか行動に移すことが出来ないことも、どちらも問題があるのです。
私たちはその過大と過小の正しい中間、すなわちその事柄に対し、最も適した状態を常に見極めなくてはなりません。
「くそ真面目」や「バカ正直」など、たとえ善いことであったとしても、度が過ぎれば足りない状態と何ら変わらず、害を及ぼすことにもなりかねないのです。
『東洋医学』の病証診断において、全ての病証に用いられる虚実の概念は、単純に表現すると「不足と過剰」と言い換えることが出来ます。そしてその病因となっている過不足をきたしている物たちを「補冩(ほしゃ)」という方法を使って正常な状態に戻してやることこそが『東洋医学』の治療方針の中核であると言えるのです。
不足を意味する虚に対し、足らないものを補う「補」。
そして多過ぎるもの、すなわち実を減らすことを意味する「冩」。
つまり補冩という概念は、心身のバランスの崩れを元に戻してやるための外的な働きかけによる手法というわけです。
本来、生体は生まれながらにしてホメオスタシス、すなわち恒常性の機能を有しています。しかし何らかの原因により、その機能が害なわれたとき疾病が発症してくるのです。
そこでそのような場合『東洋医学』では「鍼灸(しんきゅう)」などの技法を用いて補冩による虚実の調整を行い、その恒常性の機能を回復させることにより、生体が自ら持つ自然治癒能力を最大限に引き出し、症状を快癒させる治療を行うのです。
そしてその治療の際に用いられるものが、俗に「ツボ」と呼ばれる「経穴」であり、またそのつながりが「経絡」なのです。
皆さんが普段利用される列車の路線は、日本中にくまなく張り巡らされ、またその各路線にはいくつもの駅が点在しています。
そして、その主幹となるものが新幹線であり、縦に長い日本列島を北から南から数本の路線を使って繋いでいます。
また新幹線の駅の一部には在来線が乗り入れ日本列島の各部を横に繋いでいるのです。
同じように縦に長い私たちの人体を日本列島に例えるとすると頭や体幹・手足など、全国それぞれの数百にもおよぶ駅に当たるものが経穴であり、その各路線が経絡と呼ばれるものなのです。
経穴は、一般的には「ツボ」とも呼ばれ、臨床においてはもちろん治療点であると同時に、疾病の反応点・診断点としても用いられ、WHO(世界保健機関)も鍼灸や手技による、その絶大な効果効能を承認しています。
人体列島縦断鉄道の路線、経絡は「経脈」と「絡脈」という2種類の路線に分かれます。
そしてそれらは経脈が日本の大動脈に当たる縦の幹線、絡脈はそこから横に短く出る在来線とイメージして頂くとよいと思います。
でも人体の在来線である絡脈には固有の駅がありません。ですからその始発駅である「絡穴○○駅」は、新幹線の駅「経穴○○駅」と同所・同名です。
日本の新幹線に東海道新幹線・山陽新幹線・九州新幹線…と、あるように、人体の主幹である経脈にも12本の幹線が敷かれています。
それらは「正経12経脈」と呼ばれ、それぞれの始まりの経穴と終わりの経穴、すなわち始発駅と終着駅が乗り継ぎをしており、人体の各所全てを一つの長いループとして繋いでいるのです。
また経脈には、これら12本の「正経」以外に「奇経」と呼ばれる新幹線とは違った経脈が8つ存在し、そのうち6つは固有の駅を持っていませんが、残りの2つ「督脈」と「任脈」は、近未来鉄道リニアモータートレインにも匹敵する主要幹線で、各々固有の駅を持つとともに体幹の背側・腹側の中央を縦走しています。
さてここからは、全ての経絡のうち固有の駅を持つ縦に走る主要な幹線、12本の新幹線と2本のリニアモータートレインの路線とその駅について皆さんにお話しを進めて参ります。そしてそれらは合わせて「十四経」とも呼ばれています。
リニアモータートレインは、背骨の上を通る「督脈経」と腹・胸の中央を走る「任脈経」で構成されています。
督脈経(27穴)は、尾骨の先端「長強」駅を始発として、体幹の後ろ中央、脊柱の真上を上行し、頭のてっぺんを通過して顔に至り、鼻先を越え上唇の裏側「齦交」駅に到着します。
任脈経(24穴)は、肛門の直前「会陰」駅を出発したあと腹側、正中線を上行し、臍・鳩尾を通過して胸に至り、のど仏を越え、下唇の真下「承漿」駅に到着します。
次に新幹線ですが、12本の幹線は手先か足先に、始発駅か終着駅のどちらかを必ず持つとともに、それぞれ途中で地上(体表)から地下(体内)に潜り、地下鉄となって各々の幹線に属する臓腑をまとったのち、また地上に戻ります。
そしてそれらは、手と足に「三陰三陽」と称される3本ずつの陰と陽の路線をもち、それが手と足を合わせて12本の新幹線、すなわち「正経12経脈」を形成しているのです。
【 正経12経脈 】
① 手の太陰肺経(11穴)
② 手の陽明大腸経(20穴)
③ 足の陽明胃経(45穴)
④ 足の太陰脾経(21穴)
⑤ 手の少陰心経(9穴)
⑥ 手の太陽小腸経(19穴)
⑦ 足の太陽膀胱経(63穴)
⑧ 足の少陰腎経(27穴)
⑨ 手の厥陰心包経(9穴)
⑩ 手の少陽三焦経(23穴)
⑪ 足の少陽胆経(43穴)
⑫ 足の厥陰肝経(13穴)
そして各路線の終着駅は次の路線の始発駅へと乗り継ぎをします。
手の「太陰肺経」は、鎖骨の外側下部に位置する始発駅「中府」を出発した後、腕の外側を下行し手の親指の先にある終着駅「少商」に到着します。
駅の数は全部で11穴、肺に作用する経穴で構成されています。
そして「少商」駅のすぐ傍、人差し指の先には次の乗り継ぎ路線、手の「陽明大腸経」の始発駅「商陽」があるのです。
20個の駅を持つこの路線の終着駅は、小鼻の横にある「迎香」駅。
そしてまた、その傍には次の乗り継ぎ路線である足の「陽明胃経」の始発駅「承泣」が目の真下にあるといった具合です。
このように、これら12本の新幹線が ① → ② → ③ … → ⑫ → ①と順に乗り継ぎながら、人体の内外を巡り、「気」や「血」を全身に行き渡らせて心身を栄養していくのです。
そう、つまり経絡とは「気」と「血」の通り道ということですね。
また、督脈・任脈を含む奇経は、これら正経に気血が充ち溢れた際に洪水を防ぐ放水路の働きをしているのです。
如何でしたか皆さん。
俗に「ツボ」と呼ばれる経穴や経絡のことが少しお分かりいただけたでしょうか。
ちなみに奇経は「奇経八脈」と呼ばれ、督脈・任脈以外に、陰橋脈・陽橋脈・陰維脈・陽維脈・衝脈・帯脈 の6つが存在しています。
次は » 旅の終わりに …